A市総合計画「2015 夢おこし・明日(みらい)づくりの物語」
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〜「ずっとここに暮らしたい!」の想いが結晶した審議会〜     
主任研究員 鴇 明浩

「今なお成長する若いまち」

A市は、平成16年10月に2町が合併して人口約55,000人のまちとしてスタートした。総面積70平
方キロと、県内の新市に比べれば比較的まとまった大きさである。
鉄道や高速道路によって京阪神都市部との時間距離は短く、定住人口は今なお増加している。しか
も国道のバイパス整備や企業進出などによって今後も経済発展が確実に見込まれており、まちの未来
に期待をかけている市民も多い。少子高齢化も全国レベルに達していない若い元気なまちである。

「各部会での十分な議論」
総合計画の策定は、合併から3カ月後の平成17年1月、市議会のA市総合計画審議会条例可決でス
タートした。3月には審議会委員の公募が行われ、第1回の審議会が4月であった。
 若いまちだけに、審議会も事務局案に一通り目を通して終わる審議会ではなかった。学識経験者、
住民団体の代表、企業人など25人が会するこの審議会では当初から大いに真剣な議論が交わされ、企
画調整課とともに事務局として出席したわれわれも、常にその議論に加わった。
具体的な提案も多かった。
「形式ばらず、子どもからお年よりまで、本音で話し合えるタウンミーティングをぜひ開催したら良
い」
「雇用の推進については、市民が憩える商店街の振興など具体策が必要だ。こういったことを進める
ことによって市が繁栄し、雇用が進み、低迷している財政への対応になるのだということを示したい」
「情報能力を高める方策はいかがだろうか。個人がインターネットで経済活動を行う時代にあって戦
略的に進める施策があるとよい。税収にも反映されていく」
審議会会長のリーダーシップと適切な進行が、これらの議論をまとめていった。
この審議会が計画の細部を十分に吟味できたのは、各分野別に審議する部会制に依るところが大き
いだろう。委員は4部会(総務部会、民生部会、文教部会、産業建設部会)に分かれ、全体会とは別
に少人数で各分野の審議を重ねた。回によっては関係する課の市職員も参加し、情報提供に留まらず、
議論に加わった。会議室を離れ、市内を半日かけて一緒に視察研修するという機会も設けられ、委員
の一体感を高めた。名所や重要な施設をはじめて訪れた委員も多く、合併した「わがまち」を発見で
きた実りある機会だったと、率直な感想がもれた。


「将来像と物語ができるまで」
基本構想の将来像の審議で、他県から転入し、やがて団地の中で孤立していく高齢者世帯の問題が
提示された。
「市民の半分以上は他府県から来ている。60歳でまちを出て行くことを検討する人も多い。まちづく
りのあり方としては寂しい」
「死ぬまで永住できるまちであることが大事。人を大事にして交通手段などの定住策を具現化すれば
新住民にとっても新たなふるさとになる」
これは、実は現在わが国の多くの住宅都市で起こっている切実な問題である。昔ながらの共同体意
識も希薄な新興団地は、定住人口の受け皿にはなっているが、自宅から中心市街地や商業施設とは遠
隔なこともあって、自動車に頼れない住民が高齢化すれば、そこは「陸の孤島」と化すのだ。
審議会はこの意見も含め、将来像について2度の議論を経て、最終的に「ずっとここに暮らしたい!
みんなで創ろうきらめきA市」の将来像と60,000人の人口フレームを採択した。各委員は旧町の住民
という立場を捨て、A市という新たな共同体の未来をしっかりと見つめていた。
第1回審議会冒頭のあいさつで「わくわくする計画をつくりたい」と言った市長もまた受身ではな
かった。基本構想には10年後のA市を舞台にした、1人の若者の3つの物語が盛り込まれたが、この
アイディアは市長の発案であり、第1話は市長自らが執筆したのだった。計画名は「2015 夢おこし・
明日(みらい)づくりの物語」となった。
計画案は7回の審議会と延べ14回に及ぶ部会を経て、平成18年8月市議会で議決された。
市民と行政双方の想いが結実した「物語」はこうして出来上がった。今、A市では合併後の助走期
間も終えた本格的なまちづくりが進められている。
 
※文中委員意見は趣旨要約
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