手づくり、手さぐりの地域福祉計画
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〜K市策定委員会の試みから〜                        
計画室長 久末 忠司

「事務局案なしでやりましょう」

自治体計画の策定では、多くの場合、行政事務局が、必要な調査・分析をし、あらかじめ事務局案を用意する。それを関係部局や理事者と調整したうえで、市民の策定委員会に提案する。策定委員会はこの案をめぐって議論し、委員長の総括のもとに修正を加えていく。策定委員会といっても、一から作るわけではないのだ。ところが、「事務局案なしで」となると、最初の発想や着眼点から手さぐりで始めることになる。そのぶん、委員も事務局も手間がかかる。これはK市でも前例のないことだった。


       K市地域福祉計画策定委員会
「声なき声を聞く」
 計画づくりは、まず市民の声を聞くことから始められた。手順としては当たり前のようで、実はこれが一筋縄ではいかない。自治体計画の苦労の多くは、この点にあると思う。
 K市では、8地区ごとに2回ずつワークショップ形式で地域懇談会を開催。ファシリテータを勤めた委員長T氏の巧みな進行で、参加者はなごやかな雰囲気の中でワイワイと意見を出し合った。加えて地域福祉に関連する当事者や事業者の団体懇談会を開催。ボランティア、子育て、障害者・高齢者福祉、母子・父子、人権関係などにわたって、参加した団体や事業者の数は60を超えた。直前に実施されていた子育てや障害者・高齢者福祉に関するアンケート結果も検証した。
 ところが策定委員会は、まだ足りないという。「声なき声を聞くべきだ」というのだ。
どういうことかというと、「懇談会を開催しても、そこに出てこない、あるいは出てこられない人がいる。そういう弱い立場の人の声も聞くべきだ」というのである。
反論もあった。「自由参加の懇談会をセットしているのに『出てこない』というのは個人の意思の問題なのだから、そこまでフォローする必要はないのではないか。市民の税金を預かっている行政は、例外的な少数市民よりも、大多数の市民を優先するべきだ」という考え方だ。
 しかし・・・策定委員会はふみとどまった。
「声なき声」とは、どのような人か? ―― 例えば、外国人。K市は人口の6%近くが外国人で県内でも多いほうだ。多くはブラジル、ペルー、中国などからの労働者と家族だ。彼らは日本語ができない。あるいは精神障害者。引きこもっている人が懇談会に参加しないのを「個人の意思の問題」と片付けるわけにはいかない。
同じ地域で暮らす人々の中に、自助努力では解決できない困りごとを抱えている人がいる。たとえその数が数パーセントであっても、その人の「生命、自由、幸福を追求する権利」を軽んじてよいことにはならない。
そこで、私たち事務局は、声なき声のもとへ出向いていくことにした。日本語講座に通ってくる外国人のもとへ、精神障害者のグループホームへ、などなど。また、困難なケース、日常的なケース含めて、地域福祉の様々な現場に関わっている策定委員自身の取材協力もお願いした。
その結果、社会福祉の各制度の隙間で、もれ落ちてしまっているケースをいくつか発見し、策定委員会に報告した。
こうれを受けて、「すべての人々」「あらゆる人々」という言葉の影でもれ落ちる人がないよう、策定委員会は、「もれない支援システム」の構築方針を計画に書き込んだ。

「もれない支援システム」の考え方



「 横のつながりをつくるのは人」
「行政や地域における各分野の連携」とか「多様な主体の連携」という表現が、行政計画では良く使われる。「連携」とは便利な言葉だが、実行は簡単ではない。
今回の各種懇談会や策定委員の間でも「横のつながり」を強く求める声が多かった。
いわゆる縦割の弊害というのはなぜ生まれるのか。これは行政に限らず、様々な組織に共通する問題だ。企業マネジメントにおける7つのSモデルなど、この問題解決のために提唱されている方法論は、いずれも「目標の共有」を根幹としている。しかし、行政や地域といったフィールドでは、そのままの方法論は通用しない。縦割は、「自分の持ち場」に対する責任感の裏返しでもあるからだ。
解決のヒントは、実はK市の取り組みの中にすでにあった。それは、障害児の療育・保育・教育・就労まで一貫してチームとして支援する「発達支援システム」という仕組みで、全国でも先進的なモデルとして評価されている。そこでは、関係するすべての機関にコーディネーターを置き、LANシステムや定期的会議を通じて個々のケースを共有し、手から手へ渡すようなつなぎ方をしている。つまり、つなぐことを目的意識にもった人を明確に置いているのである。
だから、行政や地域においても、横につなぐことを「自分の持ち場」として受け持つ人を具体的に置くことが解決へのアプローチとなる。これは、三位一体改革の中で財政の厳しい自治体にとって容易なことではないだろうが、次のような形で計画に書き込まれた。

「誰もが役に立てる」
社会福祉法では、地域福祉計画に盛り込むべきこととして、「地域福祉に関する活動への住民の参加の促進に関すること」をあげている。それを受けて多くの市町村の地域福祉計画では、社会福祉協議会のボランティアセンターのコーディネート機能の強化や小地域福祉活動の推進などを掲げている。
ところが、K市策定委員会の視点は、ここでもユニークだった。「だれにでも、その人なりにできる役割があるはずだ」というのだ。NPO代表M氏の提案だった。
例えば、障害のある人が地域活動に参加して汗を流し、喜ばれる。高齢者のデイサービスを保育園児が訪問してお年寄りに元気を与える。「非行少年」が福祉施設でボランティア活動にはげむ。いわゆる「援護を必要とする人」でも、できる役割があるはずだ。だから、一人ひとりに役割を認め、100パーセントでなくても参加できるゆるやかな受け皿を地域につくることが大切だ、という考え方である。
かつて知的障害児施設・近江学園に勤務していたM氏は、独立して知的障害者のグループホームをつくり、介護保険制度と同時に認知症高齢者グループホームも開始した。地域では、障害児も利用できるサロンを立ち上げ、ショッピングセンターに子育てつどいの広場を設けた新たなNPOの発足に一役買った。いつも先を見つめている実践の人だ。
M氏に限らず、いずれの策定委員も、地域福祉の現場で日々汗を流している方々だった。M氏の提案は、しみいるように全員の共感を得た。私たちは、戦後まもない時期に近江学園を創設した糸賀一雄氏の「この子らを世の光に」という思想を思い浮かべた。学園は昭和40年代にこのまちに移転し、学園から枝分かれした施設も近在に展開している。先駆者・糸賀氏の思想は、このまちに生きていると思う。
K市地域福祉計画が問いかけるもの
このところわが国では、「改革」の名のもとに、「利益」や「効率」といった成果を強いる政治が続いてきた。国会では、数の多い、少ないだけが民主主義の尺度であるかのような運営が続けられてきた(少数意見であっても、真実であれば耳を傾けるのが民主主義だろう)。
その結果、障害者や高齢者、あるいは地方の暮らしは厳しさを増している。このままGDP競争路線で突き進めば、地方は、人々の暮らしはどうなるのか。そして、日本の山河や文化はどうなるのだろう。
K市には天台宗の古刹が3つあって、市民は「三山」としてまちの誇りにしている。天台宗を開いた最澄はこの地域と妙につながりをもっているらしく、叡山建立の木材をこの地に求めたとか、ここで桓武の眼病を治癒したといった伝説が残っている。その最澄が唱えたのは、「己を忘れて他を利する」こと、「一隅を照らす」ことだった。
「三山」のふもとでつくられたK市地域福祉計画は、同じ「一隅」に暮らす人々を見つめ直し、照らそうとした計画だが、その試みと提案が問いかけるものは、日本の今日的問題につながっているのではないだろうか。

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